A Place of scenic Ocean and Island,

中庵寺跡八角浮屠

新羅末9世紀以降大きく流行した八角円堂形浮屠の変形浮屠塔で、新羅末期の高僧ヘイル大師の弟子たちが建てた浮屠塔と推定しているが確かではない。
下台石は6脚で組み合わせた花こう岩石材を3段に積んだ上に伏蓮を覆って、その上に丸く整えた石をのせ、またその上に6脚の屋根石をのせた。相輪部は覆鉢と蓮華のつぼみ状の宝珠をのせて飾ったが、全体的に安定した均衡美を見せる。本来、莞島邑長佐里張保皐時代の寺である法華寺址から象皇峰に登る道にある中庵寺址一帯に散って、滅失危機に置かれた浮屠塔の石材を8.15解放前に収拾して現在の場所に移した。一説によれば日帝の民族抹殺行為に対して、海に収蔵を約束しておいて今の位置に移して保管したという。

  • (甫吉面亭子里465) 郷土遺跡地第6号